金沙遺跡の植物遺存体から見えた古代成都平原の農業

水稲

金沙遺跡の植物遺存体から見えた古代成都平原の農業

2026.09.12 ・ リーフラ編集部

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金沙遺跡の植物遺存体から見えた古代成都平原の農業

金沙遺跡の植物遺存体から古代蜀の農業構造を読み解く

中国・四川省成都市文物考古研究院は、金沙遺跡の「黄忠小学」地点で行った植物考古学の研究成果を発表しました。50点、計246.6リットルの土壌試料を浮選法で調べ、炭化した植物の種子や破片1745点を確認。商周時代の古代蜀で営まれていた農業や食生活を考えるための資料となりました。[1]

農作物では、粟と黍の比率が51対4となり、粟が多く確認されました。研究では、当時の農業は水稲を中心に粟を補助的に栽培する構成だったと考えられています。水稲は南方、粟や黍は北方から伝わった作物とされ、金沙遺跡から両方が見つかったことは、成都平原で南北の農業文化が交わっていたことを示す資料の一つです。

作物の選び方から見える、地域環境と農業の関係

植物考古学や農業史に関心がある方には、地域の気候や栽培環境に応じて作物が選ばれてきた過程を知る手がかりになりそうです。成都平原では当初、黍や粟が早い時期に現れ、その後は水稲の位置づけが高まり、主要な農作物になったとされています。作物の伝播だけでなく、土地の環境に合わせて農業の構成が変化していった点も、この研究から読み取れます。

References

  1. 金沙遺跡の植物考古学で新成果、古代蜀の農業生産構造を解明-四川省成都市 - ライブドアニュース. ライブドアニュース(参照 2026-09-11)

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